ペナン島のアルバム~「バトゥフェリンギ」

アイキャッチ画像
マップ
<引用=Malaysia Home Deco

今回はペナン島北部「リゾート感満載のバトゥフェリンギ」を紹介します。といっても20年以上昔のアルバムからのご案内です。

ペナン島は私たちが後にしたころ、そう、2005年ころからものすごい勢いで開発を始めました。もう今は「別の島」といっても言い過ぎにならないくらい変貌したようです。

それではボチボチと、懐かしいあの頃を紐解いてみたいと思っています。

「Butu Ferringi」の意味は?
岩

“外国人の岩(Foreigner’s Rock)” という意味
Batu(バトゥ)=石・岩(マレー語)、Ferringhi(フェリンギ)=外国人・西洋人(古いマレー語)。
したがって、Batu Ferringhi = 外国人の岩(Foreigner’s Rock) という意味になります。
これは、ヨーロッパの船(特にポルトガル人)が航海の目印にした岩に由来するとされています。

思い出す「懐かしい写真」~「ジョージタウン」の紹介

ジョージタウン
今や変貌を遂げてしまった「ジョージタウン」の2002年当時の姿。

北部のリゾート【バトゥフェリンギ】を紹介する前に、マレーシア第二の商業都市「ジョージタウン(George Town)」の案内をしましょう。

本当にこんな面白い、飽きない、興味が尽きない文化を持っている都市はほかにはないかもしれません。         ********************************
ジョージタウンは、ペナン島北東部に位置する多文化都市で、18世紀後半の英国植民地時代から続く歴史と、現在の活気ある街並みが共存する“生きた博物館”のような街です。

ユネスコ世界遺産にも登録され、コロニアル建築・中華系商家(ショップハウス)・寺院・モスクが密集する独特の景観が最大の魅力です。

街の景観もご覧の通りで、多文化、多国籍、多宗教が彩る街の風景はまさに歴史を物語っています。

🏛 多文化が織りなす“街全体が博物館”

東にペナン海峡、西の方角には「マラッカ海峡」がある良港を持ち、古くから国際貿易の拠点として発展しました。

  • マレー系・中華系・インド系・欧州系文化が混在し、宗教施設や建築様式が多様。
  • コロニアル建築やショップハウスが並ぶ旧市街は、2008年にユネスコ世界遺産に登録
  • 屋台文化が発達し、ラクサ、チャークイティオ、ナシカンダーなど多民族料理が楽しめる。
  • 壁画アート、歴史的建造物、伝統商店が点在し、散策に最適。
  • フォート・コーンワリス(Fort Cornwallis)などの歴史遺構も現存。(別ページで紹介)
街中

🌍コロニアル建築と庶民的な市場が建ち並ぶ世界遺産の街「ジョージタウン」、しかしこの光景はもうない。いまは開発が進み、近代的な都市になってしまった。ちょっと残念。(2002年当時)

ビル

🌍左と同じ2002年に撮影した「商業施設の内部」。外に出るとイギリスのコロニー時代が残るが、すでにこのころからショッピングセンターの内部はアメリカンナイズされていた。

🌍 バトゥフェリンギの記憶~思い出写真

バトゥフェリンギにあった指折りのホテルといえば10件ほどでしたが、世界でも知られる一流シェフがいて、内部のデザインもサービスも欧米に知られていたというとこんな風に絞りこめることができます。

Rasa Sayang Resort・シャングリラ・ラササヤンペナン最高級。広い庭園と静寂。
Golden Sands Resort・ゴールデンサンズシャングリラ系列。家族向け高級。
PARKROYAL Penang Resort・パークロイヤルビーチ沿いの人気高級リゾート。
Mutiara Beach Resot・ムティアラ・ビーチ・リゾートアジア圏でも有名な5ツ星ホテル。
PARKROYAL Penang Resort・パークロイヤル(2004年)
わか

私たち夫婦が最も好きだったホテルは「シャングリラ・ラササヤン・ホテル」でした。
ペナン島で賃貸契約したコンドミニアムは、ちょっとしたホテルの形式で、ジムもプールもありキッチンもありました。

そもそも住む場所を北部のリゾート地域に決めたのも、移住以前は東京の23区内に住んでいて、喧騒にはコリゴリでしたからね。にぎやかなジョージタウンと静かな北部の中間あたりがピッタリだったのです。

結局ホテルに泊まっても、コンドにいても大差はなかったのですが何度もシャングリラ・ラササヤンに宿泊しました。(とにかく市民の優遇もありお安く宿泊できた)
自家用車で15分くらいの距離でしたが、やはりそこはホテル、とても良い居心地を提供してくれたものです。いまでも鮮明に覚えています。

ここには「和歌」という日本食レストランがあって、日本国内でもそん色ない味を提供してくれました。
シェフはもちろん日本人、温厚な方でしたね。

旅行雑誌で選ばれたホテル「ラササヤン」~当時のメモ

アメリカの旅行雑誌で、「My favorite Hotel in the World」で何年かベスト・テンに選ばれた(どういう方法で選んだかは不明)という有名なホテル。
行って見るとそれは頷ける内容を持っている。豊かな南国情緒、伝統的なマレーシアの文化、高級感と従業員たちの温かいもてなしは、訪れる人を心からハッピーにする。

ラサ・サヤン(Rasa Sayang)を直訳すると:
Rasa(ラサ)=「感じる」「感覚」「味わう」 Sayang(サヤン)=「愛」「愛しさ」「かわいい」「大切に思う気持ち」
合わせて「愛しさを感じる」「愛おしい気持ち」といった意味。

文化的な背景= 「ラサ・サヤン」はマレーシアとインドネシアで広く知られる伝統的な民謡のタイトルでもある。マレー語圏全体で親しまれており、ペナン島を含むマレーシアでは特に有名。
Sayangという言葉は日常でも頻繁に使われ、家族や恋人への呼びかけ(「ねえ、あなた」「かわいい子」)としても使い、「もったいない」「惜しい」というニュアンスでも使われる、非常に奥深い言葉なのだ。
つまりペナンの「ラサ・サヤン・リゾート」事態がペナンを象徴する言葉のひとつにもなっているのだ。

🌐 シャングリラ・ラササヤンの昔アルバム

バトゥフェリンギといえばリゾートホテルの密集地帯。
ビーチではパラセーリング、水上バイク、バナナボート、ボードセイリング、カヌーなど、マリンスポーツなら何でもありました。リトルハワイというところだけれど、ペナン島のほうが野趣的でワイルドな雰囲気。

それぞれのホテルではちょっとしたイベントやミニツアーなど組んで客を迎えます。南国のホテル特有といえる、夜になるとフェリンギ通りには露天と屋台が活気ずく。ホテルのプールサイドで、夕焼けを眺めながら食事する気分は最高だった。

🌐 北部リゾート地にあったホテルのアルバム

島の北部バトゥフェリンギは高級リゾートホテルが建ち並んでいたエリア。ビーチの雰囲気も良かったのですが、レストランのランチが好きで何度も通いました。そのことも住まいをジョージタウンと北部地域の中間に決めたのも一つの理由でした。

ホテルには世界中の味が楽しめる個々のレストランが並び、ランチはほとんど「ビュフェ」形式(日本ではバイキングと呼んでいた)で何よりも料金が安い!当時は円高で1RM=33円というレベルだったせいもあり、ランチ一人での金額は最安で450円~1,200円というところ。

さらにホテルに行かなくても、きわめてフリーな格好で食事ができる「屋台」の味も捨てがたかった。複数ファミリーで出かければ運転手一人以外がたらふく「タイガービール」を飲めた。

先ほども触れましたが、夜になると出現する露天ストリートは、違法コピー商品が多かったせいか、警察とのいたちごっこが常だった。おそらく、ガサ入れの情報が仲間から入ると、一斉に撤収する。ほんの10分もあればそこには跡形もなく露店が消える。

🎨 お気に入りだった「ムティアラホテル」

今度のアルバムは、かつてペナン島北部のテル・バハン(Teluk Bahang)に位置していた「ペナン・ムティアラ・ビーチ・リゾート(Penang Mutiara Beach Resort)」です

好きなホテルだったんですがねぇ~、今はなくなってしまったんだそうだ。残念!
ホテルの特徴的なポイントは以下の通りです:

  • イルカの噴水: プールサイドにあるこのイルカの彫像は、当時のホテルの象徴的なスポットでした。
  • ホテルの歴史: 1988年に開業し、当時はアジアでも有数の豪華な5つ星ホテルとして知られていました。しかし、2006年3月27日に改装を理由に休業し、その後長らく放置されたあと廃業となりました。
  • 現在の状況: 2026年現在は、インターコンチネンタル・ホテルズ&リゾーツ(IHG)による再開発が進められており、「インターコンチネンタル・ペナン・リゾート」としてリニューアルオープンする予定です

このアルバムは2004年に撮影した、まさにホテルが最も活気のあった時期の貴重な一枚です。
家内の誕生日もこのホテルを選んで出かけました。その時、ウエイターに「今日は妻の誕生日なんだ」と口にしたら、プレゼントされたのがこのバースデーケーキでした。貴重な思い出です。

下手ですが絵は良く描きましたね

油彩画

◆当時の日記から◆

フェリンギビーチの一番奥に、漁師たちの船が停泊している小港があります。私はここの潮の匂いが大好きでよく散歩します。
 日曜日の朝なのにもう何隻かは漁に出かけていました。残された船は犬が寝そべって休むように、ぷかぷかと波に身を任せていました。

先日、この絵を見た、半分ここに住んでいるようなお嬢さんが、「あっ!これは○○さんの船だ!」と叫んだので驚きました。
海を渡ってくる風を描きたかったのですが、穏やかな朝で、風はあまりありませんでした。  

ペナンの「悠久の時」はゆっくりと進んでいきます。
※この絵は今でも我が家の玄関に飾ってあります。驚いたのはオーダーの額。器用にしかも格安で作ってくれました。

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