懐かしのペナン島「回顧録」~第2回=住む

コンドミニアム
マンション

移住して最初に直面する仕事は「住まい探し」です。
このアイキャッチ画像は私たちが選んだ”コンドミニアム”です。30階ほどの高さがありましたが、とても快適でした。

私たちの部屋は英国式にの数えると「12階」となり、実質的に13階です。同じフロアには3所帯が住み、どの部屋も100~110㎡のスペースを持っていました。
場所的にはペナン島の北部で、繁華街のジョージタウン(マレーシア第2の商業都市)からは約7kmほど離れていたので非常に閑静でしたが、入居当時は増築工事があり地盤が岩だったので、しばらくはガンガンという騒音がありました。

なぜかマンション名は「マイアミ・ベイ」で、裏側の森には猿が住んでいました。(何度か見たことがあります)
右の画像の、手前の赤い屋根の建物はいわゆる「バンガロー」で、一軒家のことを言います。

では、はじめに基本の「キ」となる、当時のペナン情報を書いておきましょう。

2000年当時のマレーシア(ペナン)

  • ペナン州はイギリス統治下の色がいまも濃く残る街です。競馬場やゴルフコース、スポーツクラブが多くあり、北部の海岸線は高級ホテルが建ち並ぶエリア。
  • 本土(ペニンシュラ半島)とは12kmもの橋で結ばれ、半島側には世界の半導体やコンピューター関連の企業が並ぶ。
  • ペナンに限ると66%が中国系市民でイスラム教は少数派。いわゆるお金持ちが多く、日本の平均より生活水準が高い。子供は英国などに留学させ車も1所帯で2~3台持つ人家庭もある。
  • マレーシアの通貨はRM(リンギット)で1RMは約30円だった。(RMとドルは固定相場制)インフラや治安は日本以下でも生活費は1/4~1/5で事足りた。

2000年当時のペナンのインフラ

  • 電気は220Vなので変圧器が必要。コンセントは三つ又で町でも買える。停電はほとんどなく、過去3年で2回あったと聞いた。ガソリンは1リットル33円。さすがに産油国だ。
  • 水質はよいが日本ほどではないようだ。いくら使っても月300円程度だった。飲む水はミネラルウオーター。ガスはプロパンだが、なくなると15分程度で交換に来るのは驚いた。
  • 電話は初期費用が3万円も掛かるので設置するかどうか迷った。毎月2,500円くらい必要だというので二人とも携帯電話にした。携帯電話は申し込み時に約3万円、月々の経費は1,500円程度。
  • テレビは衛星放送が見られて月々1,800円程度。日本の新聞は日本国内の3倍ほどした。しかも朝刊が配達されるのは午後3時過ぎ。
テレビ番組

2003年のNHK大河ドラマは、『武蔵 MUSASHI』でしたね。(懐かしい!)一年を通して視聴しました。
宮本武蔵は市川新之助(現在の市川團十郎)で新免無二斎(武蔵の父)をビートたけしさんが演じていました。
ほかに佐々木小次郎が松岡昌宏さん、お通は米倉涼子さんでした。

100㎡超のコンドミニアムに賃貸契約を済ませる

リビング
リビングルームの一部。左手にテレビがあり、NHKの衛星放送が見られた。

わたしたちは便利だが騒音がうるさそうなジョージタウンの街中を避け、北部の静かな地域にコンドミニアムを借りました。(車を買う予定だったので買い物には困らないという判断)
不動産会社の女性担当者はとても親切で、強い安心感を与えられたため何の問題もなく契約できました。

築3年で家具や電化製品がすべてそろっていること。3ベッドルームは客用が必要だったこと。2バスルームに海が見える広いバルコニー付き。キッチンは広く、セキュリティが特段にしっかりしたコンドミニアムを希望していましたがすべて満足できました。

プール
住んでいたコンドミニアムを上から見たところ。

おまけはデカいプールとスポーツジム付きだったこと。内装も白とアイボリーでとても気に入りました。
左の画像はそのプールとジムを撮影したもの。(手前の緑の屋根がジムになっていて、各種の運動危機が備わっていた)

プール付きなんて日本ではとても住めそうにないので、とにかくよく泳ぎましたね。泳ぎはかなり上達したんじゃないでしょうかねぇ。
ある日は平泳ぎで、時計を見てから始め、ちょうど60分間、休まず泳ぎ続けたこともありました。

そうそう、肝心の家賃は約54,000円/月。全く不満はありませんでした。

タンさん
タンさん

恵まれていたのは家主さん。TANさんという中国系マレーシア人。家賃の時以外にも「何か困っていない?」とよくおいでくださり、長い時間おしゃべりしてくれました。15歳の息子さんがイギリスへ留学中だとか。ご主人は公務員で優しい人だと自慢しましたね。

渡航直後は2週間ほど、日本にいたころから狙っていたお気に入りの4つ星ホテル(2か所)に滞在し、物件探しをしていました。
とても良いホテルでしたが、サービスレベルも宿泊費も文句なし。とにかくソールフードがうまい!ビールがうまい!おまけに安い!・・・・確実に太ったんだろうなぁ。

フラッグ

その当時のMEMO~今蘇るあの頃のこと・・・

何度も「懐かしい」が出てきて恐縮ですが、どうしても実感が出ますね。
あのころからいわゆる「ホームページ」を作っていました。おなじようにペナン島に移住を希望している方からお便りもたくさんいただきました。

あの頃のメモが出てきたのでランダムに紹介します。「つぶやき」のようなので、文章の脈絡はありません。

 海が望めるところか、町の便利な場所か、山間の風光明媚なところか、ゴルフ場の隣か色々迷うところである。
 ペナン島内は比較的家賃も高いが半島サイドはガクッと安い物件が多い。 ペナンは今でも建設ラッシュが続いている。

 ※このメモは賃貸契約でどこにしようか迷っていたころのこと。本当は「ゴルフコースに近いところ」というのが本命だったようだ。
 でも家内がつまらないだろうと思いとどまった。

仕切り線
ビル

 ペナンは今でも建設ラッシュが続いている 多くの物件は家具一式が揃っている。ここもDVDから電子レンジまであり、買い足すものはなかった。

DL+K+3ベッドR+2バスRで100㎡以上、家賃は4万円から十分ある。地震がないことと物価と人件費がこの価格を生む。しかし部屋の模様替えは自由にできない。 

我々のコンドはまだ質素なほうで、多くの日本人は高級なところを選んで住んでいる。プールやジムはどこにもあって、子供の遊び場やテニス・バスケットコートも設備されている。もちろん駐車場もある。コノコンドは6棟あって約500所帯が暮らしている。 これはおまけ。今のコンドは町外れにあり裏には山がある。山にはたくさんの猿が生息していて時折顔を見せる。人間が油断しなければ猿との共存は難しくない。多くの原因は猿に隙を見せる人間にある。
 花が咲き鳥が啼く田舎である。

ペナンの街路樹

ビル

ペナンの街にはありふれた通りである。 今はだいぶ慣れてしまったが当初は感動しきりだった。

アンサナ、ゴールデンシャワー、レインツリーと色々あるらしい。いずれも樹齢は高くその重厚さが伝わる。一年中夏で常緑だが葉は生まれ変わるので落ち葉が出る。黄色いユニフォームを着た方たちが早朝清掃している光景は良く見る。

街路樹は路面に影を落とし、ヒートアイランド化を防ぐ。急な雨はバイクの人を一時(いっとき)でも助ける。

人の一生と異なり、何百年単位で生きる木もある。その間、じっとそこに佇み、一体何を見てきたのかと擬人化して想像たくましく連想していたら追突しそうになった。 

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