ペナン島の記憶~消えたゴルフコース

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ゴルフ大好き人間の私がペナンに移住したのは2002年でした。その当時存在していて今は消えてしまった思い出深~~いゴルフコースがあります。
観光でペナンを訪れた方の中にもプレーを楽しんだ経験者がいるかもしれませんね。

今回はその「ペナン・ターフクラブ・ゴルフコース」について語ります。

松山英樹
松山英樹
豆辞典~日本のゴルフ黎明期と競馬場併設コースについて

日本のゴルフの黎明期には、競馬場とゴルフコースが併設された施設がありました。
日本初のゴルフコースは六甲山の「神戸ゴルフ倶楽部」です。(1903年=明治36年)

その後、競馬場とゴルフコースが併設された例は横浜の「根岸競馬場」です。明治時代後期、外国人居留民を中心に利用されていました。これは日本におけるゴルフ文化の初期段階において、ゴルフがまだ限られた層に楽しまれていた時代を象徴するものです。

現在では、このような施設はほとんど見られませんが、日本のゴルフ史において重要な役割を果たしたことは間違いありませ

英国式の歴史を刻んだペナン・ターフクラブ・ゴルフコース

画像は2003年に撮影したものです。英国文化といえば「競馬」なんですね。

マレーシア・ペナン島の Penang Turf Club は、本来は競馬場として始まったクラブですが、その敷地内に独特のゴルフコースがありました。

私が移住していたころの2002年ころ「ペナン・ターフクラブ・ゴルフコース」と呼ばれていたものは、このクラブの Golf Section のことです。
いや~、独特のレイアウトでしたね。やさしいコースではありませんでした。

最初の下見(2002年)の時、プレーさせてもらいました。メンバーコースなので結構きちんとしていて、いかにも英国式であるというイメージを感じました。
初めてのラウンドは早朝の6時過ぎ。中国人と中国系のマレーシア人という組み合わせで楽しくラウンドしたことを思い出します。(薄闇の中のスタートでした)

その後いろいろな紆余曲折があり、今日は消滅した名コースの運命を、 沿革(歴史)→ゴルフ場の特徴→近年の状況(2025年まで)→現在 の順で整理しましょう。

ペナンターフクラブの沿革(競馬クラブとしての歴史)

  • 1864年
    イギリス植民地時代のマラヤで創設。マレーシアで最も古い競馬クラブ。
  • 1869年
    最初の競馬場が Macalister Road に建設。木造スタンドなど簡素な施設でレース開催。
  • 1939年
    現在の Batu Gantung(バトゥ・ガントン地区) に移転。
    大型スタンドや本格的な競馬施設が整備された。
  • 戦後~20世紀後半
    ペナンの社交クラブとして発展。
    ゴルフ・乗馬・レストランなどを併設した複合スポーツクラブとなる。
  • 1978年
    グランドスタンド拡張(収容約14,000人)。

この頃は、競馬+クラブライフ+ゴルフという英国式スポーツクラブの典型的な形になっていました。

ゴルフコースの誕生と発展

ゴルフ施設は競馬場よりかなり後に作られています。
■ゴルフコースの誕生
1948年  ゴルフコース建設開始
設計監修:トム・ヴェリティ(Royal Selangor Golf Club のプロ)

■コースの拡張
1966年頃  9ホールとして整備。
その後競馬場の 内馬場(infield) を利用して18ホール化

この設計が非常にユニークで、一部ホールが 競馬トラックの内側に配置。レース開催日はプレー制限ありという 世界でも珍しいゴルフ場でした。

2000年頃の「ペナンターフクラブ・ゴルフコース」

クラブハウスの室内。

2000年前後は以下の特徴でした。

■コース構成
18ホール+一部ホールが競馬場の内側
■フラットだが戦略性あり
 南国芝でフェアウェイ(Cow grass)、グリーン(Serangoon grass)クラブの雰囲気

  • ペナンの社交クラブ(コネがあれば観光客もプレー可能)
  • 欧州系会員・華人富裕層・外国人駐在員が多い
  • キャディ付きプレーが基本
  • レストランやメンバールームは品格に包まれていました。英国仕込みという感じ。

2025年~コースが消滅

競馬施設の都合などで2014年12月1日、18ホールのうち1~9番までが閉鎖。その後は9ホール(Par33)として営業。そしてクラブは長年経営難が続きました。

主な理由は競馬人気の低下、オンライン賭博の普及、コロナ後の収益悪化でした。その結果2024年:会員総会で解散決定、2025年:最後のレース開催となりました。

クラブ解散に伴い2025年5月末、ゴルフコースも閉鎖、約600人のゴルフ会員が退会となりました。
2006年現在、クラブは解散済み、敷地(約80ha)は売却・再開発予定になっています。
ちなみに土地価格は 数十億リンギット規模(1RM=0.25 アメリカ ドル)とも報道されています。
※歴史的施設の保存や公園化などの議論もあり、最終用途はまだ確定していません。

「ペナンターフクラブ・ゴルフコース」思い出アルバム

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