写真館四季の花シリーズ

四季の花シリーズ~「クレマティス(テッセン)」

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花シリーズ

花のシリーズ、今回は「クレマティス(テッセン)」です。そのほかにもたくさん書いています。上のバナーをクリックすると目次があります。

クレマティス(Clematis)は、その優美な姿と多様な品種で世界中の庭園や室内装飾に愛される植物です。
今回の記事では、その原産地や名前の由来、日本とのかかわり、文化的背景、装飾のコツ、そして知られざるエピソードを詳しく掘り下げます。
じつは原種として日本初だったなんて壮大なドラマですよね。

生まれ故郷は日本~美しい「クレマティス」の物語

クレマティスはキンポウゲ科に属する多年草または木質つる植物で、約300種以上の野生種と無数の園芸品種が存在します。大輪の花から小さく可憐な花まで、色や形が豊富で、観賞用として広く利用されています。

✏️ 日本の「カザグルマ」が世界に広がった
ハイビスカスクレマティスはシーボルトが日本の「カザグルマ」を持ち帰って西洋で広まったは正しい説です。 

シーボルトは1796年にドイツで生まれた医師で動植物学者です。
父は軍医で、家の中はいたるところに医学書や解剖器具がある環境でした。
1823年、医師として出島に来日しました。
ここでは日本中から集まった医師や学者に西洋医学や植物学を教えています。シーボルトがヨーロッパに紹介した日本の原種「カザグルマ」は、その後、種間交雑により、現在の「クレマティス」など多くの園芸品種が作出されました。

シーボルト
シーボルト

私は日本のことすべてが好きじゃった。この国の人の心の琴線に触れて、ついには日本人女性と結婚(非公式)したんじゃよ。 日本植物誌(Flora Japonica)に書いたアジサイ(Hydrangea)には妻の”楠本滝”の名前をつけたっけ。
私のことは、最後の章で詳しく語ることにしよう。

クレマティス

✏️ 原産地と名前の由来
日本庭園クレマティスは元祖が日本(カザグルマ)でヨーロッパ、アジア、北アメリカなど広範囲に分布し、 日本庭園ブームなどを経て流行しました。

その後、明治時代に西洋品種が逆輸入され、洋風庭園で広く栽培されるようになりました。現在では日本独自の改良品種も多く、世界中で高い評価を受けています。外来種の名前の由来はギリシャ語の「klema(つる)」に由来し、そのつる性植物の特性を示しています。

日本では「鉄線(テッセン)」という名前でも知られており、これは中国名「鉄線蓮」に由来します。「鉄線」は枝が折れても、元に戻してテープで止める程度でも再生する力の強さから出たネーミングです。

クレマティス

✏️ 文化・歴史的背景
日本庭園クレマティスは西洋では「庭の女王」とも呼ばれ、特にビクトリア朝時代には庭園デザインの重要な要素として重宝されました。

一方、日本では茶花としても用いられ、その清楚な美しさが和の文化に調和しました。

また、花言葉は「精神の美」「旅人の喜び」「策略」など、さまざまな意味を持ちます。
「精神の美」は、クレマティスの繊細で上品な花姿に由来すると言われています。一方、「旅人の喜び」という花言葉は、かつて旅人がこの植物を目印にしたことから生まれたとされています。
種類によって花の形や色が異なるため、個性豊かな演出が可能です。特に紫や白のクレマティスは人気が高く、和洋どちらの庭にも調和します。また、育てやすさも魅力の一つで、初心者でも比較的簡単に栽培できます。

クレマティス

✏️ 室内装飾のコツ
ハイビスカスクレマティスは切り花としても人気があります。
特に大輪の品種は一輪挿しで存在感を放ちます。

また、小さな花を持つ品種はガラスベースやリースにアレンジすると繊細な雰囲気を演出できます。
つるを活かした装飾も魅力的で、壁や棚に絡ませることで動きのある空間を作り出せます。

クレマティス

✏️ 知られざるエピソード
ハイビスカスクレマティスには意外なエピソードもあります。
例えば、ヨーロッパではつるが強靭であることから「不屈の精神」の象徴とされ、戦時中には希望と復興のシンボルとして植えられることがありました。
また、日本では一部の野生種が古来より薬用植物として利用されていた記録もあります。

クレマティス

✏️ 変わった品種のクレマティス
ハイビスカス左の画像は「クレマチス・テキセンシス」や「ヴィオルナ系」などの壺型クレマチスで、以下のような特徴があります。

剪定方法: 今年伸びたつるに花が咲く「新枝咲き」のため、花後は地際から2〜3節を残して切る「強剪定」が適しています。記録もあります。
花の特徴: アメリカのテキサス州周辺に自生する原種で、「壺型」や「ベル咲き」と呼ばれる可愛らしい形のピンク色の花を咲かせます。
性質: うどんこ病に比較的強く、生育が旺盛で初心者でも育てやすい品種です。

クレマティス

✏️ 和服の柄によく似合うテッセン
ハイビスカスクレマティスの花柄を和服に取り入れるデザインは、日本の伝統美と自然の調和を見事に表現する手法の一つです。

クレマティスはその優雅な形状と豊かな色彩で知られ、古くから庭園や装飾に用いられてきました。この花を和服の柄として採用することで、モダンな感覚と伝統的な美意識が融合し、新しい魅力を生み出します。

特に、クレマティスの繊細な花びらや絡み合う蔓を描いたデザインは、和服の柔らかな生地に生命感を吹き込みます。淡い色調で描かれたものは控えめな上品さを、濃い色調は大胆で華やかな印象を与え、それぞれ異なる場面で活躍します。また、季節感を重んじる日本文化において、クレマティスの柄は初夏から秋にかけての装いに最適です。

このように、クレマティスの花柄を和服に使用することは、日本の伝統的な美学を現代的に再解釈したデザインアプローチとして、多くの人々に愛されています。

シーボルトとテッセン~クレマティス物語

シーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)が日本でカザグルマなどの植物を収集していた1823年から1829年にかけての生活は、単なる「お雇い外国人」の枠を超えた、非常にエネルギッシュで知的好奇心に溢れたものでした。

彼がどのような日々を送っていたのか、いくつかのポイントでご紹介します。

1. 「鳴滝塾」での教育と診療

江戸時代の診療

シーボルトは長崎の出島に駐在する医師でしたが、特別に許可を得て、長崎郊外の鳴滝(なるたき)に鳴滝塾を開設しました。

  • 多忙な先生: 全国から集まった優秀な塾生たちに西洋医学や博物学を教える傍ら、日本人患者の診察も行っていました。
    彼は治療費を受け取らず、代わりに日本の植物、動物、地図、工芸品などの資料を求めたと言われています。
  • 情報収集の拠点: 塾生たちには、自分の故郷の自然や風習についてオランダ語で論文(卒業論文のようなもの)を書かせ、それを自らの日本研究の資料にしました。

2. 植物への情熱とカザグルマ

植物学者でもあった彼は、日本の植物に魅了されていました。

  • カザグルマの収集: 彼は日本固有種のカザグルマなどを収集し、後にヨーロッパへ持ち帰りました。これが現代の華やかなクレマティスの品種改良の親(原種)の一つとなり、世界の園芸文化に劇的な変化をもたらしたのです。
  • 庭園での栽培: 鳴滝塾の庭には、日本各地から集めた珍しい植物を植えて観察・研究していました。

3. 家族との穏やかな時間

出島の中には正式な妻を連れてくることはできませんでしたが、シーボルトは日本人女性の其扇(そのぎ)こと楠本滝と結ばれ、娘のイネ後に日本初の産科女医となる)を授かりました。

  • アジサイに「オタクサ(お滝さん)」という学名をつけようとしたエピソードは有名で、当時の彼の私生活には深い愛情があったことが伺えます。

4. 江戸参府とコレクションの拡大

1826年には、オランダ商館長の一行として長崎から江戸まで旅をしました(江戸参府)。

  • この道中で彼はさらに多くの植物や資料を採集し、各地の知識人(葛飾北斎や間宮林蔵らとも交流があったと言われます)と情報交換を行いました。この旺盛な収集癖が、後に国禁の日本地図を持ち出そうとした「シーボルト事件」へと繋がっていくことになります。

シーボルトにとっての日本生活は、医師としての顔、教育者としての顔、そして植物に魅了された探検家としての顔が混ざり合った、非常に濃密で充実したものだったと言えるでしょう。

当時の日本は鎖国中でしたが、彼のような人物の情熱によって、日本の「カザグルマ」が海を渡り、今の美しいクレマティスとして世界中で愛されるようになったのは素敵な歴史の繋がりですね。

「クレマティス(鉄線)」物語のまとめ

クレマティスはその美しさと多様性から、古今東西で愛され続けてきた花です。
日本では伝統的な茶花から現代的なガーデニングまで幅広く活用され、西洋でも庭園や装飾の主役として重宝されています。

その歴史や文化的意義を知ることで、さらに深い魅力を感じられるでしょう。ぜひ生活空間に取り入れて、その優雅な美しさを楽しんでみてください。

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